novela[エンドレス]エントリー作品
    午前0時: 掃除婦と、術使いと、ガラスの宝珠

 今度の依頼人は、白いオオカミだった。  といっても、わたしが獣の言語を解するわけではない。あまりに長く生きた獣は、相手の意識へ直接働 きかける種族へ昇格するのだ。俗に「ヤマガミ」などと称されるのがソレだ。 行ってもらいたい場所がある  内容は、至ってシンプルだった。約束の地へ、少し早い時刻に降り立つ。  静かな海。人っ子一人居ない。この時代は好きだ、いい時代だ。きらきら光る水面が、時の流れを忘れ させる。  が、仕事とあっては忘れるわけにもいかない。腰の微調整ダイヤルを回すと、辺りは一気に夜になる。 『お前だな。ヤマガミの使いというのは』  月明かりの中、のっそりと現れた毛むくじゃらは、背中を丸めた人間の子供くらいの大きさだ。 「手下はお前の方だろう、案内しろ」  黙って、闇色の獣は小さな木船をたぐり寄せ、こちらが乗ると、自分も船頭に飛び乗って、おもむろに 海中へ腕を振り下ろした。その腕が、ぶわっと三倍ぐらいに膨らんだかと思うと、すさまじい速さで水を 掻き出す。  なるほど、こういう使い方があったか。あのヤマガミ、なかなか切れるぞ。 『調子に乗るなよ、人間』  こいつも、多少はこちらの意識を嗅ぎとるらしい。むしろ好都合だ。 「お前こそ大人しく仕事するんだな、サル頭。  ヤマガミには、使えなきゃ処分しろといわれているぞ。替えは幾らでも居る、とな」  チッ、と舌打ちしたきり、そいつは喋らず、黙々と任をこなした。なるほど、その手のものの導きがな ければ、たどり着けない結界が張られているのか。高度なワザ師が居るな。  入り江に舟をつけ、そいつはサッサと姿を消した。案内ならしかるべき場所までしろ、と云いたいとこ ろだが、木々の背丈を越え、大仰な門がはみ出して見えたから、まあよしとしよう。  それにしても、近づくほどに門がデカい。こんもり茂る木々に覆われた島は、ほぼ外周をぐるりと塀が 渡されており、おそらく唯一の出入り口であろう門扉は、実に空高く見上げるほどの尺だ。  脇に、藁(わら)ぶきの質素な住居があり、灯りが漏れている。 「あぁ、もしかしてお客さん? 入っていいよ」  近づいただけで、そんな声がした。入口の簾(すだれ)をめくると、極彩色の美しい野鳥がすぐ足元を 歩いていて、危うく踏みそうになる。 「うわぁ。ほんとに女の子だ。紅(くれない)が苛立ってるから、まさかとは思ったんだよね」  男は、鳥の親戚みたいなフワフワの褐色アタマで、かがみ込んで餌を撒きながら笑っていた。紅、とは どう見てもこの鳥のことだろう。 「そうそう、こいつが紅。可愛いでしょ、俺の彼女」  少なくとも、こちらに対して『可愛い』空気は放っていない。まあ、どうでもいいが。 「門番、ということか。結界の管理は、誰が?」 「ここに人間は俺しか居ないよ」  ひどくマイペースな男だが、仕事は早かった。とうてい人の力では開きそうもない扉が、ほぼ『触れる』 と云っていい男の力加減で、静かに開いてゆく様は、まさしく圧巻だった。 「ちょっとね、触る位置にコツがあるんだよね〜」  それだけじゃないだろう。この門そのものが、やはり結界の一部なのだ。 「危ないからすぐ閉めるよ。周り、気をつけてね」 「お気遣い無用。これでも仕事なんでね、慣れている。それより」 「ああ、紙と墨だよね。今持ってくる」  空気が重く淀んでいる。扉一枚隔てただけで、まるで別世界だ。  ──それにしても、これほどまでとは。 「前はこっち側に住んでたんだけどさ、あまりに住みづらくなっちゃって」  目的のものを持って、男はすぐまた現れた。こちら側にある拠点とやらが、ここから近いのだろう。 「陰陽だか何だか、昨今じゃ変なのがブームでさぁ。  やめて欲しいよねぇ、見よう見まねで適当にやるの。ライセンス取れっちゅーの」  だからわたしが呼ばれたわけだ。「捨て犬」ならぬ「捨て異形(いぎょう)」、それも一部の人間の勝 手で招かれ、彼らの醜悪な気をさんざん吸って、もはや記憶すら失った憐れなものたち。  男が用意した、だだっ広い紙面を地べたへ慣らし、墨でギリギリの大きさに円を描いた。  さぁて、仕事だ。 「この時代でそのサイズ用意すんの、けっこー大変だったんだから」  井戸端の女か、と思うくらい口の減らない男だったが、こんな地味な仕事を一人でやってるわけだから、 まあ大目に見てやろう。  それに、仕事の早い奴は嫌いじゃない。 「でもさぁ、女の子にはハードでしょう。なんでこの仕事やってんの?」 「……少し、黙っててくれないか」  さすがに限度はある。  描いた円の一部に手を触れ、意識を集中させる。徐々に円周から淡い光が立ち昇り始めたら、もう頃 合だ。  しかし、冒された異形のものたちが、光などというものに自分から近づくことはまずない。誘い出すに も、この数では埒があかないだろう。  よし、あいつを使うか。 「おい! 居るだろう、サル頭。そこらじゅうの奴ら、こっちへ追い込め」 『──ふざけるな、誰がお前に従うか。その口、引き裂いてくれる!』  ハハ、やっぱりサル頭だ。本気で嫌なら、返事をせずにしらばっくれればいいものを。 「その前に聞いておけ。わたしが何をする人間か、知らんわけじゃあるまい。  大方、死んだ獣にでも取りついて、不正に寿命を延ばすヤマガミのなり損ないだろう?  このまま『掃除』してやってもいいんだ、さぞキレーになるだろうな」 『──っっ、キサマぁ……っ!』  何とでも吼えろ。どうせあのヤマガミが案内につけるくらいだ、実際は口を引き裂く力だって、あるん だかどうだか。  案の定、奴がごねたのはそこまでで、ゴウッと強い風に似た音がした瞬間、木々や茂みの間から勢いよ く「異形」たちが飛び出してきた。  今だ。力を、最大に──── 「ほー、すげぇや! 女の子なのに、大したもんだぁ」 「女は関係ないだろう」  噴水のごとく、飛沫を上げて吹き上げる光の中を、「異形」たちは木の葉のように舞い、最初こそ怯え て金切り声を上げたが、やがてそれは笑い声へとすりかわっていった。  人間の赤子と同じ、純粋で邪気のない、カラカラと楽しげに響く歓喜の声──。 「じゃ、帰ってもらいましょっか。開門〜っ♪」  いつの間にか、男は門を開け放っていて、「彼ら」は思い思いのペースで旅立っていく。人間の何倍も 勘の鋭い生き物だ。記憶さえ戻れば、己の世界へは自分から方法を見い出し、帰路に着く。 「まぁねぇ、隔離しなきゃお互い危ないから、しょうがないんだけど。  こうしてみると気の毒、っていうか可哀想になるよねぇ」 「人間の邪気も、とどまるところを知らないからな」  と、一匹の小鬼の姿をとった「異形」が、手のひらに載せた小さな何かを、わたしに向かって差し出し てきた。 「くれるのか? ありがとう。……できればもう、人間に捕まるんじゃないぞ」 「で、こいつを貰ったわけかぁ」  丸メガネをかけた、腐れ縁のこの男は、プログラマ──といえば聞こえはいいが、実態は三流作家だ。 「ヒアリング、終わりでいいか。次の仕事があるんだ」 「待った待った、タイトルがさぁ。こう、インパクト欲しいんだよね〜」  よく言うよ。こいつの仕事は、我々のような人間が『現在・過去・未来』と行き来して時代に干渉した 際、生じてしまう歴史の齟齬を修正すること。否、正確にはシステムが自動で修正パッチをあててくれる から、そのパッチを作る職人なのだ。  職人。そう言い切ってしまっていいものか、甚だ疑問ではあるのだが。 「宝珠(ほうじゅ)かぁ。これって火を模したっていうけど、どっちかっつーとさぁ……」  あの小鬼がよこしたそれは、よく仏像などが手にした『宝珠』という装飾。ガラスに似た透明の材質で 作られて、つるりと丸く、先が尖っていた。あいつなりに気に入って、大事に持っていたのだろう。 「もう行くぞ。別にタイトルなんか必要な──」 「ひらめいた! コレ桃っぽいから、桃太郎ってどうよ!!」  いや……。何か間違ってると思うぞ、絶対。 「なんで太郎なんだよ」 「やっぱ主役は男の方が、燃えるだろ〜。  むかーし、桃から生まれた桃太郎は、と。……白い山犬、サル頭、それからあのキジも入れとくか。  そいつらをお供に従え、陸の孤島でバッタバッタと鬼退治! 金銀財宝、がーっぽり仕入れて……」  まったく。これで給料もらってるんだから、何というか、見上げた根性だ。 「相変わらずセンスないな」 「あぁ、俺の仕事、ハナっからそんなの求められないから」  そこは自覚があるのか。ますます面倒くさい野郎だ。  もういい、出よう……。 「おっ? 何その赤いコート」 「ヤマガミからの報酬だ。次の仕事で使うんでな」  何でも、獣の言葉を解する頭巾らしい。さすがヤマガミ、随分とマニアックなお宝を持っている。 「じゃあ次のタイトル、赤ずきんで決まりだな! がんばって行ってこ〜い♪」  こいつ。頭からバリバリ食ってやろうか。  ≪ 了 ≫

やっちゃいました(^^;)パロディ大合戦です。 この前に、わりと根詰めて生真面目に作品2本を仕上げているので、 反動というか……リラックス、してみたらこんな状態に……。 前の作品2本と合わせた時に、バリエーションが出るよう、 入れていなかった要素を詰め込んだら、オモチャ箱になってしまった! でも、お陰さまでチョット肩の力がほぐれた? 気がしています。 このお話を書くにあたり頂戴したテーマは、 「最後アッ!とする」でしたが……あまりしないかなぁ(^^;) 2008.10 霞 降夜


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