novela[星の想い][告白]エントリー作品
    夜 光 星 - やこうせい -

 ふいに、星空が目に飛び込んできて、僕は愕然とした。  気がつけば、全自動洗濯機と同じ生活をしている。当たり前に改札を過ぎ、人波に洗われ、コーヒー で一服、いつの間にか食べるものも食べ、寝転んで目覚ましのスイッチを押している。三日前と十日前 の違いなど何一つ思い出せず、ただ、預金通帳で動く数値だけが、僕のリアルな命の重さを淡々と刻み 続けている。  いてもたってもいられなくなり、僕はコンビニへ駆け込んでおにぎりを二つ買った。それからいつも は近道のため、突っ切るだけの児童公園、そこのすべり台のてっぺんまで、勢いよくよじ登った。  ウソみたいな静けさと、ひんやり心地よい外気。目の前に広がるささやかなパノラマを眺めるうちに、 なんだか涙が出そうになって、慌てておにぎりを頬張った。  何やってんだろう、僕。  触れまいとしていたことに、つい手を伸ばしてしまった瞬間、思いが止めどなく溢れてきて、夜の海 に溺れそうになる。  どうしてここに居るんだろう。  何がやりたいんだろう。  好きで家を出て、好きに就職して、今だってこんなに気ままに、自由に暮らしているはずなのに。  僕は、どこへ行きたいんだろう。  このままでいいんだろうか。  コンビニのビニール袋を握り締めたまま、バカみたいに呆けて、星の隙間をさまよった。  何かから、取り残されていく気がするんだ。  八つ当たりする悪者なんて見当たらなかったから、今はひたすら、思いが自分の中へ跳ね返る音を聞 くしかなくて、すりきれた思いは、僕に希望の一つももたらしてはくれない。  このまま、小さく消えてしまえばいいのに、と。  昏い海の下、僕は投げやりにぼやいた。  ──ふと、公園の入口に気配を感じる。  僕と似たような格好をした、会社帰りの誰かさんが、すべり台と一体化した僕の眼下を素通りして、 少し離れたブランコの上に腰を下ろした。  よほど考えごとに夢中なのか、こちらに気づく様子は微塵もなく、ちょっぴりイタズラ心が頭をもた げてしまって、僕は黙って彼を観察しようと、息をひそめた。  薄暗い電灯だけでは、さすがに表情までは読み取れず、どっちつかずに揺れるブランコと、身じろぎ しない彼の頭で、とにかくぼうっとしているのだけは伝わってくる。  あまりに変化のない様子が、逆におかしくて、危うく吹き出しそうになった。  そう、そう。あるよね、そんな風に自分を持て余すことって。  ……あ、雨だ。  シャレにならない滝みたいな雨が、いきなり降り出して。さては、覗き見を神サマに叱られちゃった かな、と思いつつ──急いですべり台の下まで避難したら。  なんと、彼が居た。 「あっ、どうも」  軽く焦ってしまって、間抜けに挨拶なんてかましてしまう。落ち着いて考えれば道理で、この公園は、 雨を凌げる場所がここしかないのだ。  笑われるかな、と構えて相手の様子をうかがうと、彼は予想外にすんなり受け入れ、気さくに話しか けてきた。 「すごいですね、雨。笑っちゃうくらい」 「金ダライ、ひっくり返した並に容赦ないっつーか」  声の感じと、近くで見る顔の印象から、そう歳も開いていないだろうと、あえて敬語をゆるめて返し てみる。 「ソコ普通、バケツって言わない?」  それを皮切りに、お互い驚くほど自然に言葉が流れ始め、数分と経たないうちに、旧知の仲と見紛う 空気が生まれていた。 「──雨、止んだみたいだ」  彼は嬉しそうに笑って、もと居たブランコの方へ飛び出していった。小さな子供みたいで、微笑まし くて、つられてあとを追う。ずぶ濡れのブランコには、もう座れはしなかったけど、彼はカバンを肩へ 斜め掛けして、立ち乗りでブランコを漕ぎ出した。 「たまに、ブランコって無性に乗りたくなるんだよね」 「あ、わかる」  だけどいい大人が一人じゃ、なかなか乗りづらいモンなのだ。  僕はアルミケースの通勤カバンを、そっとブランコ脇の鉄柵へ立てかけて、彼の隣へ飛び乗った。 「昔、こっからクツ投げて遊ばなかった?」 「やったやった。そんで、犬のウンコの上に落っこちんのな」 「ええ、うそだぁ」  振り幅が大きくなるにつれ、僕らは声を張り上げていた。至極どうでもいいことを受け答えしながら、 そういえば、こんなに腹から声を出すのは久しぶりだ、と。何に遠慮していたんだか、随分縮こまって た自分を省みて、そりゃあ面白くねえワケだ、などと思わず納得してしまう。  お互い、落っこちそうになるまでさんざん漕ぎまくったあとは、栓の抜けたフーセンみたいに一気に 失速し、どちらからともなく、板から飛び降りた。 「あー、すっきりした。ありがとう、付き合ってくれて」  まだ勢い余って、足元を若干フラつかせながら、彼は低い鉄柵に腰を預けて、改めて僕に向き直った。 「実は僕、童話作家になるのが最終目標なんだ。まだ、全然違うことやってるけど……でも、絶対道は  繋いでこうって、思ってる」  うわ。こいつ、なんちゃって結構やるじゃん。油断して飲まれそうになったけど、その意外なたくま しさは、妙に胸に響いた。 「初対面なのに、何言っちゃってんだろね……僕」  明るく自嘲してみせるのを、ただ受け流す気にはなれなかった。 「僕は、世界一周、かな」 「えっ?」  こんなにいろんなニュアンスが混じった「えっ」を、初めて聞く。余程意外で、なのにあからさまに 期待して、楽しそうだ。 「や、ガキの頃に思ってたんだけどさ。そろそろ、やってやれない歳じゃねーよなぁ、って」 「いいなぁ、カッコいいじゃーん」  おいおい、そりゃあお前だろ。まさかあんな、しょぼくれて一人でブランコ揺らしてるよーな奴が、 背筋を張って、キラキラしながらそんな野望を語り出すなんざ、びっくりにも程があるっつーの。 「はぁー、帰るのもったいないなぁ」  言葉とは裏腹に、それが解散の合図となった。もう、やる事はやったから。言い出さなくとも、満ち 足りた空気がすべてを物語っていた。 「一周、終わらないうちにデビューしなくちゃ」  僕が本気だと、信じて疑いもしない彼の口調が、僕の中に新鮮な緊張を呼び起こした。そんなのムリ だ、と臆するどころか、血が騒ぐ自分を感じた。 「じゃあ僕は、それまでに半周はしてなくちゃ、カッコつかないな」  公園の出口へ差し掛かる。どうやら、この場でお別れのようだ。こんなに打ち解けて過ごしたのに、 不思議と連絡先を交換する雰囲気にはならなかった。 「楽しかった。今日は、ありがとね」 「こっちこそ。天国の金ダライに感謝だなって、今は思ってる」 「いや、天国は雨降らさないから」  うっかり、タライは認めてしまったまま、彼は手を振った。 「じゃあ、またね」 「うん、また」  すぐに、何の余韻も残さず、もとの見慣れた夜道に戻った僕の視界を、小さな水たまりが横切る。  星が、落ちている。  それで思い出したように天上の空を仰ぐと、どこまでも昏く、途方に暮れそうな漆黒の闇を、星たち はいきいきと切り裂き、楽しげにまたたきながら、惜しげもなく降り注いでいるのだった。  ──そうか、だから星は夜に光るのか。  ≪ 了 ≫

社会人になりたての頃を、思い出しながら書きました。 実はずっと、タイトルだけを大切にあたためていたのですが、 今回、機会を得て、ようやくお話をつける事ができました。 書き始めるまでは、何の人物像もなかった二人が、 語り始めると、なんとなく個性を帯びてくるのが楽しかったです。 こういう会話劇、とても書きやすいジャンルみたいで。 最後まで一気に仕上げられて、気持ちよかったです(^^) 2008.10 霞 降夜


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