未来


熱いアスファルトの地面は,私たちの体力を吸い取っている.
お昼ご飯を食べに行くだけで,汗だくになる.
けれど会社に戻れば,過剰な冷房にさらされるのだから堪らない.

「ユキ!」
お財布だけを持って歩けば,同期のリカが追いかけてきた.
「お昼,どこに行く?」
信号待ちの交差点で追いついて,下から顔を覗き込んでくる.
「ん〜,いつものとこ.」
凝った肩をほぐすように,私は首を回す.
会社帰りに,ブルーベリージャムでも買おうかしら.

「……おばさんくさいよ,ユキ.」
リカの台詞に,私は軽く口を尖らせた.
「失礼な.」
まだ,30の大台には乗っていないのに.
「ねぇねぇ,サチコのご祝儀,いくらにする?」
なのに,同期はどんどん会社から居なくなる.
”寿”という名の下,旅立ってゆくのだ.
「どうしよっかぁ,マリはいくら包むって言っていた?」
結婚こそが女性の生き方というわけじゃないけれど,残されると妙にむなしい.

自分が子供の頃,憧れていた大人になれたとは思わない.
けれど,今の自分を100%否定するのはどこか間違っているって,心が言っている.

車の信号が,青から黄色へと移り変わる.
正面の信号が青になるのを待たずに,交差点を渡りはじめる私たち.
歩行者の見切り発車は,この街の特徴だ.
いつも,前だけを向いている.

今年のお盆休みは少ないと文句を言い合っていると,すれ違うサラリーマンの男性.
軽く緩めたネクタイに,風が入る.
瞬間,蝉の声が小さくなった.

――俺,プロになってもなれなくても,ずっとサッカーは続ける.

振り返りたくなって,けれど私は,一つ息を吐いて微笑んだ.
それは,遥か未来へと辿らせるあなたの声.
夏の校庭で汗を拭えば,見える入道雲のその高さ.
「……お盆には帰省するの?」
問いかけると,隣を歩くリカは子供のように眉を寄せる.
「お父さんは帰って来いってうるさいけど,……遠いと帰るだけでしんどいのよね,」
同じクラスになったことはあるけれど,ほとんどしゃべったことは無かった.
日に焼けた,サッカー部の男の子.

「電車,混んでそうでやだなぁ.」
私は,声を立てて笑った.
リカは毎年,帰省ラッシュと戦っている.
「グリーン車で,リッチに帰れば?」
背広は少し窮屈そうだった,顔は相変わらず日に焼けていた.
失くしたものは,何も無い.
捨ててきたものも,置いてきたものも無い.

すべてを抱えて,私たちは飛ぼう.
あの空の向こうへ.


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